刑事法・刑事弁護トピックス(1)
 平成23年刑法等の改正(コンピュータ・ウイルス作成罪等の新設等の改正)

 平成23年6月17日、「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」が参議院で承認可決され、国会で成立しました(平成23年法律第74号)。この改正法は、コンピュータ・ウイルス作成罪が新しく設けられたなどとして、国会で成立した当時、マスコミでも比較的大きく報道されていました。
 この法律の改正内容は、刑法と刑事訴訟法の両方の法律を改正したものですが、今回は、その中でも特に実務上重要な、刑法の改正内容について紹介いたします。
 なお、刑法の改正部分につきましては、平成23年7月14日から施行されています。

 今回の改正法のうち、刑法の改正内容は、主に以下の3つに分かれます。
① サイバー関係に関する改正
② わいせつ物頒布等の罪の処罰対象の拡充
③ 電子計算機損壊等業務妨害未遂罪の新設
④ 強制執行妨害関係の罰則の整備
 このうち、特に重要な、①から③について、解説いたします。


第1.サイバー関係に関する改正

1.コンピュータ・ウイルスの作成罪・提供罪(不正指令電磁的記録作成罪・提供罪)(刑法第168条の2第1項)

[条文]
(不正指令電磁的記録作成等)
第168条の2

1項    正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
1号    人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
2号    前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
2項    正当な理由がないのに、前項第1号に掲げる電磁的記録を人の電子計算機における実行の用に供した者も、同項と同様とする。
3項    前項の罪の未遂は、罰する。


 刑法の条文では、「不正指令電磁的記録作成等」という難しい言葉が使用されていますが、わかりやすい言葉で言い変えれば、コンピュータ・ウイルスの作成等に関する罪、という意味になります。

 コンピュータ・ウイルス作成罪・提供罪(刑法第168条の2第1項)は、以下の①~④の要件を全て満たす場合に成立します。本罪は故意犯であり、犯罪の故意があって初めて成立します(過失の場合には成立しません)。
① 正当な理由がないのに(正当な理由の不存在)
② 人の電子計算機における実行の用に供する目的で(目的)
③ 第1項1号または2号に記載する電磁的記録その他の記録を(客体)
④ 作成し、または提供した(行為)

※①(正当な理由の不存在)・②(目的)の要件について
 コンピュータ・ウイルス作成罪・提供罪の成立には、行為者に、「正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的」があること(上記①・②の要件)が必要となります。
 したがって、
・ウイルス対策ソフトの開発などの正当な目的でウイルスを作成した場合
・ウイルスを発見した人がウイルスを研究機関に提供した場合
・プログラマーがバグを生じさせた場合
などの場合には、いずれも行為者に、上記の①「正当な理由がない」及び②「人の電子計算機における実行の用に供する目的」という目的、の両方の要件を欠くことになりますので、これらの罪は成立しないことになる、とされています。
 また、プログラマーがバグを生じさせた場合は、そもそも犯罪の故意がありませんので、その点でもこれらの罪は成立しません(上に書きましたとおり、本罪は故意犯です)。

 なお、「電子計算機」とは、自動的に計算やデータ処理を行う電子装置のことで、パソコンの他、こうした機能があるものであれば、携帯電話もこれに該当しうることになります。
 また、「実行の用に供する」とは、わかりやすく言えば、コンピュータ・ウイルスを、パソコン等の使用者にとってそうしたウイルスであることを知らないにもかかわらず、その使用者のパソコン等でウイルスが実行できる状態に置くことを意味します。

※③(客体)の要件について
 第1項1号の「電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」とは、そのままの状態で電子計算機で動作させることができるものを指します。
 これに対し、第1項2号の「前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録」とは、コンピュータ・ウイルスのソースコードのように、内容としては1号の「不正な指令」を与えるものとして実質的には完成しているものの、そのままでは電子計算機で動作させることができる状態にないものを指します。こうした「電磁的記録その他の記録」は、第1項1号のコンピュータ・ウイルスに容易に移行することができるので、コンピュータ・ウイルスそのものではないものの、それらの作成・提供行為は処罰の必要性が高いということで、処罰の対象に含められたものです。

※④(提供)の要件について
④の「提供」とは、電磁的記録等を取得しようとする者が事実上これを使用できる状態に置くこと、の意味です。



2.コンピュータ・ウイルス供用罪(不正指令電磁的記録供用罪)(刑法第168条の2第2項・第3項)

[条文]
不正指令電磁的記録作成等
第168条の2

1項   (略)
2項   正当な理由がないのに、前項第1号に掲げる電磁的記録(筆者注:人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録)を人の電子計算機における実行の用に供した者も、同項と同様とする(筆者注:3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する)。
3項   前項の罪の未遂は、罰する。


 コンピュータ・ウイルス供用罪(刑法第168条の2第2項)は、以下の①~③の要件を全て満たす場合に成立します。本罪も故意犯であり、犯罪の故意があって初めて成立します(過失の場合には成立しません)。
① 正当な理由がないのに(正当な理由の不存在)
② 第1項1号に記載する電磁的記録その他の記録を(客体)
③ 人の電子計算機における実行の用に供した(行為)

 また、「実行の用に供する」とは、上記の(1)でも説明いたしましたが、わかりやすく言えば、コンピュータ・ウイルスを、パソコン等の使用者にとってそうしたウイルスであることを知らないにもかかわらず、その使用者のパソコン等でウイルスが実行できる状態に置くことを意味します。

 コンピュータ・ウイルス供用罪は、未遂でも処罰されます(刑法第168条の2第3項)。他方、コンピュータ・ウイルス作成罪・提供罪には、未遂犯を処罰する規定はありません。


3.コンピュータ・ウイルスの取得・保管罪(不正指令電磁的記録取得・保管罪)(刑法第168条の3)の新設

[条文]
(不正指令電磁的記録作成等)
第168条の3

  正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

 上記の1・2はコンピュータ・ウイルスの「作成・提供・供用」に対する罪でしたが、この(ii)は、コンピュータ・ウイルスの「取得・保管」に対する罪です。
 上記の1・2のコンピュータ・ウイルスの「作成・提供・供用」罪は、法定刑が「3年以下の懲役又は50万円以下の罰金」ですが、コンピュータ・ウイルスの取得・保管罪は、法定刑が「2年以下の懲役又は30万円以下の罰金」になり、「作成・提供・供用」罪より法定刑が軽くなっています。これは、「作成・提供・供用」行為よりも、「取得・保管」行為の方が犯罪の程度が相対的に軽い、と考えられたためです。

 コンピュータ・ウイルス取得罪・保管罪(刑法第168条の3)は、以下の①~④の要件を全て満たす場合に成立します。本罪も故意犯であり、犯罪の故意があって初めて成立します(過失の場合には成立しません)。
① 正当な理由がないのに(正当な理由の不存在)
② 人の電子計算機における実行の用に供する目的で(目的)
③ 刑法第168条の2第1項1号または2号に記載する電磁的記録その他の記録を(客体)
④ 取得し、または保管した(行為)

 したがって、他人からコンピュータ・ウイルスを送り付けられて感染させられた人については、上記①②の要件を欠きますので、保管罪には該当しません。


第2.わいせつ物頒布等の罪(175条)の処罰対象の拡充

[改正前の条文]
第175条
第175条
  わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、販売し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処する。販売の目的でこれらを所持した者も、同様とする。

[改正後の条文]
第175条
1項   わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。
2項   有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。


 わいせつ物頒布等の罪を規定する刑法175条は従来、頒布等の対象物を「文書、図画その他の物」と規定しており、基本的に有体物のみを対象とした規定になっていました。
 したがって、例えば、電子メールでわいせつな画像を不特定多数の者に送信する行為については、電子メールは有体物ではないので、刑法175条のわいせつ物頒布罪が成立するかどうかには議論があり、裁判例も分かれていました。

 そこで、今回の改正は、電子メールのような「電磁的記録」も刑法175条の罪に含まれることを文言上明確化しました。具体的には、「電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布」する行為が処罰対象に含められました。

 また、刑法175条では従来、「頒布」と「販売」の語が使用されており、「頒布」は無償の交付、「販売」は有償の交付、をそれぞれ意味するとの考え方が有力でしたが、改正後の175条には「販売」の語は消滅し、「頒布」の語のみが使用されています。
 これは、「販売」行為を処罰の対象外とする趣旨ではなく、改正後の175条の「頒布」の語は、有償・無償にかかわらず交付行為(貸与の場合も含みます)一般を指す意味として用語の意味の整理が行われたため、販売行為は、刑法175条の「頒布」の語に含まれ、改正前と変わらず175条による処罰の対象となります。
 したがって、今回の改正法により「販売」行為を処罰しないことになった、という趣旨ではない点に注意が必要です。


第3.電子計算機損壊等業務妨害未遂罪の新設(改正後234条の2第2項)

 今まで電子計算機損壊等業務妨害罪については未遂罪を罰する規定がなかったのですが、今回未遂罪が新設されました。
 コンピュータ・ウイルスが電子計算機で使用されれば、上記の不正指令電磁的記録供用罪やその未遂罪が成立する可能性がありますが、それと同時に、電子計算機による情報処理の阻害も十分に予想されるところです。現に処理に阻害が生じれば、その時点で、電子計算機損壊等業務妨害罪の既遂罪が成立しますが、その前の段階においても、コンピュータ・ウイルスに使用により電子計算機による情報処理に不具合が生じる可能性が高まっていることが多く、こうした段階においても未遂罪として処罰をすることができるようにするため、今回未遂罪が新設されることになったものです。

[参考文献]
①吉田雅之「法改正の経緯及び概要」(ジュリスト1431号(2011)「特集・情報処理の高度化等に対処するための刑法等の改正」58頁以下)
②今井猛嘉「実体法の視点から」(ジュリスト1431号(2011)「特集・情報処理の高度化等に対処するための刑法等の改正」66頁以下)
③檞清隆「『情報処理の高度化等に対応するための刑法等の一部を改正する法律』の概要」(刑事法ジャーナルNo.30(2011)、3頁以下)